2010.02.13 (Sat)
死闘! 番長vsSNCF(下)
前回の続き。
まいってんのよ。
番長、旅の途中でまったく予期せぬ列車の運休に遭遇して、まいってんのよ。
運休のアナウンスもなきゃ謝罪の言葉の一つもない、SNCF(フランス国鉄)の誠意のなさにまいってんのよ。
駅構内のどこを見渡しても、運休になった列車については、まるで元から存在していなかったかのよう。
これで案内所のまわりに黒山の人だかりができていなかったら、番長は自分を疑っていただろうな。
もっとも、手元にはその列車の存在がきっちり印字された、SNCFの乗車券があるんだが。
ここで、旅のスケジュールをおさらいしておこうか。

ヴィシーを発った番長がいまいるのは、途中のクレルモン・フェラン駅。
フランスの屋根、中央山地マッシフ・セントラルを抜けてニームへ至る列車が、何のアナウンスもなく運休になっていることがわかり、番長を含む乗客が駅員に詰め寄っているところだ。
ところが、 駅員たちは案内係のブースの中から出てこようともせず、知らぬ存ぜぬの一点張り。
次の列車は4時間後までない。
乗客と駅員、両者のにらみ合いが続く。
そんななか、膠着状態を打ち破ったのは、一人の現実派マダムだった。
運休となった列車を使わずに目的地へ到達する別の行き方を調べるよう、駅員に言ったんだな。
これしかない。番長、心中ひそかに膝を打ったぜ。
今日中にモンペリエにつかなきゃ宿無しだ。4時間後の列車に乗ったところで、ニームに着くのは22時過ぎ。モンペリエまでたどりつけるかどうか。
と、どうやら他の乗客も番長と同じようなことを考えたらしい。我も我もとブースに詰め寄り始めた。
こうなりゃ、今までの同志は障害物も同然。人混みをかきわけ、調べさせたぜ。
出てきた結果は、
んー?
リヨン?
これはどういうことか。日本でたとえるならば、
「小淵沢から塩尻まで出たのはいいが、塩尻-名古屋間が運休になった。ついては中央線で東京駅まで戻り、新幹線に乗って京都まで行け」
という意味だ。

そう、リヨンからモンペリエまではTGVに乗ってけっていうんだな。
距離でみると、当初の計画が計408キロだったのに対し、定時された道のりはヴィシー・クレルモン間の無駄な往復を合わせて、計597キロ。約1・5倍の遠回りということになる。
しかし、リヨンからはTGVに乗ることになるので、到着時刻はあんまり変わっていない。
わかった、それでいい。発券してくれよ。
「ここではできません。会計窓口の方へ行って下さい」
TGVって、通常運賃のほかに料金が別にかかるよな。その乗車券変更ってのは、タダでやってくれるのか?
「ジュ・ヌ・セ・パ」
出た! 必殺、ジュヌセパ!
解説しよう。ジュヌセパとは「知りません」、英語で言えばアイ・ドント・ノウという意味で、厄介ごとに巻き込まれたくないときにフランス人が肩をすぼめて発する常套句なのだ。
要するにこの駅員は、私はオマエが目的地まで行ける別の列車を調べろって言うから仕方なく調べただけで、その切符に変更できるか、実際に行けるかどうかなんてのは私の仕事じゃないから知ったこっちゃない。そう言いたいんだな。
オーケーオーケー。しょうがないんで、その会計の方に行ったぜ。
すんげー人の列。それでなくてもSNCFの職員ってのは客さばきが悪いんだが、なんせ季節はクリスマス前だ。実家へ帰る切符を求める人でいっぱいなんだな。
だが、並んでいる人に罪はねえ。我慢して待った。
しかし、なっかなか列は進まない。おいおい、14時06分発の列車に間に合わねえんじゃねえか。
30分近くも並び、焦りが募ってきたころ、ようやく順番が回ってきた。
いかにも嫌々働いてるという空気を思いっきり表情に出した、ニュテラ(ヘーゼルナッツのクリーム:日本での商品名は「ヌテラ」)をたんまりパンに塗りつけて食うのが生きがいですって感じの体型の、若い女子職員の前にご案内。
こいつがまた、ニーム行き運休の経緯については何も知らないんだな。結構な騒ぎになってたがねえ。
しょうがねえんで一から理由を説明し、交換を頼んだぜ。
カタカタと女子職員が端末を叩く。なにやらしかめっ面をしている。
おや、こそこそと何事かを他の職員としゃべりだしたぞ。
「ねえ、あなたってとっても親切な人よね。この処理やってくれない?」「自分でやれよ」と言ってるように聞こえる。
数分がたち、
「無理です。やっぱり無理。空いた座席がありません。私にはどうすることもできないわ」
そりゃそうだろうよ。
クリスマスってのはフランス人にとって、年に1回家族が集まる特別な日。このときばかりはパリジャンもリヨネーズもこぞって田舎へ帰るんだ。TGVの座席なんてとうに埋まってるだろう。
しかしだな。こりゃあんたがたSNCF側の問題だろう。俺の責任じゃない。なんとかしろよ。
食い下がると、
「ジュヌセパ。向こうの案内所に行って聞いて下さい」
おい、その案内所で、会計の方へ行けって言われたんだよ。
温厚で知られる番長もトサカに来て、声を荒らげちまったぜ。
テメエこの野郎、ダ・レ・ガ責任取るんだオイ、オイ!
何とかしろい!!
女子職員はぶつくさ言いながら、奥の方の部屋へ入っていった。
さらに数分が過ぎる。
帰ってきた職員は手に私の切符を持っていた。
よく見ると何事かきったない字で書かれている。

(中央の余白、ボールペンで手書きされた部分にご注目)
<列車5528とTGV5117の乗車を認めます>
おいおい、こんなので大丈夫なのかよ。
「乗れますよ。ただし、着席の保証はできません」
もういいよ、ちゃんと着くんなら。ていうか、こんなことができるんだったら、面倒くさがらずに最初からさっさと出さんかいコラ。形としては番長のゴネ得みたいになっちまってるが、正規の手続きなんだろ?
しかし、もう発車時刻が迫っていた。グズグズしている暇はない。
かくて、午後2時36分。出発から3時間弱を経て、番長は振り出しに戻っていた。
クレルモン・フェランからリヨンに戻る列車は、必ずヴィシーを通るんだよな。どうせこうなるんだったら、昼飯でも優雅に食ってから、もっとゆっくり出かけてたってのによ。徒労感が募るぜ。
到着した夕暮れのリヨン駅は、やはりバカンスへ向かう人たちなんだろうか、客でごった返していた。
当然ながら、モンペリエへと向かうTGVも完全に満席だ。
ああ、やんぬるかな。
アンタ、知ってるかい?
TGVのデッキには、折りたたみ椅子が付いてるってことを。

ま、座り心地はパイプ椅子と同程度よ。
いや、パイプ椅子より悪いな。標準体型の日本人である番長のケツがようやく半分おさまるくらいのサイズだから。
こいつに2時間も座ってなきゃなんねえのか。
やれやれ、番長、1等車のチケットを買ったんだがなあ。どうしてこういうことになっちまったのかなあ。
いやいや、ポジティブにいかなきゃいけねえ。立っていくよりはマシだ。
なんせこのデッキの折りたたみ椅子も、発車までには満席になっちまったからな。
前から不思議だったんだ。なんで折りたたみ椅子なんてものが付いてるのか。
だって、日本の新幹線と違って、TGVは完全予約制。自由席というのは存在しない。1等車だろうが2等車だろうが、座席の指定がなければ乗れないはずなんだ。
番長みたいに、列車を振り替えられた人間のためなんだろうか。
あるいは、ヴィシーからクレルモン・フェランまでの列車がそうであったように、予約発券のミスで座席がなくなってしまう事態を見越してのことなのか。
どっちにしても、そういう備え付けで折りたたみ椅子を付けておかなきゃいけないくらい、ミスや運休が頻発してるってことなんだろうな。
まあ、何もないよりはいいよ。オノレの身の程を知っておくというのは、そりゃあ大事なことだからな。
なんて思っていたのもつかの間。TGVは専用線へと入り、高速運転を始めたぜ。
時速300キロは出てるんだろうなあ。
日本人としてのひいき目じゃあなく、TGVってのは乗り心地では新幹線に劣る。スピードは出るんだが揺れが激しい。フランス人は平気な顔をしているが、本を読んだりパソコンをやったりすると、酸っぱいものがこみ上げてくるほどだ。
プラス、密閉性が低い。だから、スピードを上げると耳がキーンとなるんだ。新幹線でも、トンネルにはいるとそうなるよな。始終あの状態になっているような感じよ。
フツーの座席に座っていてもそうなんだ。
ましてアンタ、デッキの折りたたみ椅子なんてもんは、大しけの波間にたゆたう小舟みたいなもんよ。
ここでこっそり告白するが、番長は痔持ちなんだ。ああ、タマラネエ。
せめて気を紛らわそうと、ドアの上部にちんまりと開いた窓の外へと目をやるが。TGVの走る専用線沿いってのは、なーんもないんだな。
そりゃそうだ、高速運転をしても大丈夫なように、わざわざ何もないところを選んで線路を通してあるわけだから。
ああ、優雅にマッシフ・セントラルの眺めを楽しむ予定だったんだがなあ。
かといって、立ち上がるわけにもいかねえ。
同じデッキには立ちっぱなしのおばさんと兄ちゃんもいた。座席からケツを上げれば、そいつらが代わりに座ろうとするだろうからな。
立ちたいけど立てない、やるせないこのアンビバレンツ。引き裂かれる番長のココロとケツの谷間。なんでこんなことになっちまったんだろう。

(TGVサマ近影)
そうこうしているうちに、おらがデッキにもついに車掌がやってきた。
もちろん検札のためだ。
番長、びくびくしながらチケットを渡したぜ。あんなネエチャンの手書き、信用ならねえじゃねえか。
ところが車掌は、チケットをちらりと眺めると、何も言わずに鋏を入れて番長の前から去った。あれでホントに何の問題もなかったらしい。
問題は番長とは別のところで起きたぜ。
デッキに立っていた兄ちゃん、切符を見せているんだが、TGV用のものじゃないらしい。
前にも書いたが、TGVに乗るには追加料金が必要だ。
それを支払わずに乗って車内でバレれば、高ーい罰金を支払わなきゃいけねえというルールだ。
ところがこの兄ちゃん、悪びれる様子もない。車掌はしつこく食い下がるんだが、「しょうがないだろ、カネないんだから」の一点張り。
しまいには車掌も根負けして、次の車両へ行ってしまった。
これを読んでる人に誤解のないように言っておくが、SNCFの検札というのは非常に厳しい。
必ず2人1組でやってきて、逃げられないよう挟み撃ちにしながら検札をする。
正規の切符を持っていなければ、理由の如何を問わずに罰金を取られる。
現金を持っていなければクレジットカードで支払わされる。
それすらない場合は、フランス人だったらIDカード(市民証)、外国人だったら滞在許可証もしくはパスポートを書き写され、きっちり請求がまわってくる。
それじゃあ、この兄ちゃんはなぜ大丈夫だったのか?
はっきり当人に確認したわけじゃねえが、ハタで聞いてる感じでは、どうやら生活保護受給者だったみたいなんだな。
フランスにも、もちろん生活保護の制度はある。健康で文化的な最低限度の生活が送れるように、無収入の人にも国がカネを給付するのよ。これをRMI(※)と言い、生活保護受給者はRMIsteと書いて「エレミスト」と呼ばれる。
いや、エレミストだからと言ってTGVの料金を支払わなくていいなんて決まりはねえぜ。
ただ、RMIってのは直訳すると「社会復帰のための最低収入」となる。なんで、「オレはいま社会復帰のために、職を探しのためにこの列車に乗ってるんだ。そんなオレの機会を奪う権利がアンタにあるのか」なんて強く言って、タダ乗りをする輩なんてのも中にはいるんだな。
この兄ちゃんがまさにそうだったようだ。
SNCFがSNCFなら、客も客。それがラ・ヴィ・アン・フラーンスなんだな。
声のデカいヤツが得をする社会ってのは番長、あんまり好きにはなれねえぜ。
なにはともあれ、車掌の検札という一大イベントはあっけなく過ぎた。
TGVは停車駅も少ない。闇の中を行く列車の中で、ひたすら我慢の子を決め込む番長だった。
いや、まいったね。
長い長ーい1日だった。
おかげさまでなんとかモンペリエに着くことはできたが、ケツの方はもうカッチカチよ。
どうだい、子猫ちゃんたちにもSNCFの恐ろしさの一端が伝わったかな。
フランスを旅行するときには、決してタイトな旅程は組んじゃいけないぜ。

(※)RMIには20年の歴史があったんだが、サルコジが去年、廃止しちまった。代わって現在はRSAという制度が導入されているが、基本的なところは同じで、むしろ手厚くなった。RMIだと低賃金の労働よりも無職の方がもらえるカネが多かったという矛盾を解決している。
まいってんのよ。
番長、旅の途中でまったく予期せぬ列車の運休に遭遇して、まいってんのよ。
運休のアナウンスもなきゃ謝罪の言葉の一つもない、SNCF(フランス国鉄)の誠意のなさにまいってんのよ。
駅構内のどこを見渡しても、運休になった列車については、まるで元から存在していなかったかのよう。
これで案内所のまわりに黒山の人だかりができていなかったら、番長は自分を疑っていただろうな。
もっとも、手元にはその列車の存在がきっちり印字された、SNCFの乗車券があるんだが。
ここで、旅のスケジュールをおさらいしておこうか。
11時53分 ヴィシー発 → 12時25分 クレルモン・フェラン着 (55キロ)
×12時52分 クレルモン・フェラン発 → 17時40分 ニーム着 (303キロ)
18時06分 ニーム発 → 18時36分 モンペリエ着 (50キロ)

ヴィシーを発った番長がいまいるのは、途中のクレルモン・フェラン駅。
フランスの屋根、中央山地マッシフ・セントラルを抜けてニームへ至る列車が、何のアナウンスもなく運休になっていることがわかり、番長を含む乗客が駅員に詰め寄っているところだ。
ところが、 駅員たちは案内係のブースの中から出てこようともせず、知らぬ存ぜぬの一点張り。
次の列車は4時間後までない。
乗客と駅員、両者のにらみ合いが続く。
そんななか、膠着状態を打ち破ったのは、一人の現実派マダムだった。
運休となった列車を使わずに目的地へ到達する別の行き方を調べるよう、駅員に言ったんだな。
これしかない。番長、心中ひそかに膝を打ったぜ。
今日中にモンペリエにつかなきゃ宿無しだ。4時間後の列車に乗ったところで、ニームに着くのは22時過ぎ。モンペリエまでたどりつけるかどうか。
と、どうやら他の乗客も番長と同じようなことを考えたらしい。我も我もとブースに詰め寄り始めた。
こうなりゃ、今までの同志は障害物も同然。人混みをかきわけ、調べさせたぜ。
出てきた結果は、
14時06分 クレルモン・フェラン発 → 16時25分 リヨン着 (229キロ)
17時07分 リヨン発 → 18時57分 モンペリエ着 (313キロ)
んー?
リヨン?
これはどういうことか。日本でたとえるならば、
「小淵沢から塩尻まで出たのはいいが、塩尻-名古屋間が運休になった。ついては中央線で東京駅まで戻り、新幹線に乗って京都まで行け」
という意味だ。

そう、リヨンからモンペリエまではTGVに乗ってけっていうんだな。
距離でみると、当初の計画が計408キロだったのに対し、定時された道のりはヴィシー・クレルモン間の無駄な往復を合わせて、計597キロ。約1・5倍の遠回りということになる。
しかし、リヨンからはTGVに乗ることになるので、到着時刻はあんまり変わっていない。
わかった、それでいい。発券してくれよ。
「ここではできません。会計窓口の方へ行って下さい」
TGVって、通常運賃のほかに料金が別にかかるよな。その乗車券変更ってのは、タダでやってくれるのか?
「ジュ・ヌ・セ・パ」
出た! 必殺、ジュヌセパ!
解説しよう。ジュヌセパとは「知りません」、英語で言えばアイ・ドント・ノウという意味で、厄介ごとに巻き込まれたくないときにフランス人が肩をすぼめて発する常套句なのだ。
要するにこの駅員は、私はオマエが目的地まで行ける別の列車を調べろって言うから仕方なく調べただけで、その切符に変更できるか、実際に行けるかどうかなんてのは私の仕事じゃないから知ったこっちゃない。そう言いたいんだな。
オーケーオーケー。しょうがないんで、その会計の方に行ったぜ。
すんげー人の列。それでなくてもSNCFの職員ってのは客さばきが悪いんだが、なんせ季節はクリスマス前だ。実家へ帰る切符を求める人でいっぱいなんだな。
だが、並んでいる人に罪はねえ。我慢して待った。
しかし、なっかなか列は進まない。おいおい、14時06分発の列車に間に合わねえんじゃねえか。
30分近くも並び、焦りが募ってきたころ、ようやく順番が回ってきた。
いかにも嫌々働いてるという空気を思いっきり表情に出した、ニュテラ(ヘーゼルナッツのクリーム:日本での商品名は「ヌテラ」)をたんまりパンに塗りつけて食うのが生きがいですって感じの体型の、若い女子職員の前にご案内。
こいつがまた、ニーム行き運休の経緯については何も知らないんだな。結構な騒ぎになってたがねえ。
しょうがねえんで一から理由を説明し、交換を頼んだぜ。
カタカタと女子職員が端末を叩く。なにやらしかめっ面をしている。
おや、こそこそと何事かを他の職員としゃべりだしたぞ。
「ねえ、あなたってとっても親切な人よね。この処理やってくれない?」「自分でやれよ」と言ってるように聞こえる。
数分がたち、
「無理です。やっぱり無理。空いた座席がありません。私にはどうすることもできないわ」
そりゃそうだろうよ。
クリスマスってのはフランス人にとって、年に1回家族が集まる特別な日。このときばかりはパリジャンもリヨネーズもこぞって田舎へ帰るんだ。TGVの座席なんてとうに埋まってるだろう。
しかしだな。こりゃあんたがたSNCF側の問題だろう。俺の責任じゃない。なんとかしろよ。
食い下がると、
「ジュヌセパ。向こうの案内所に行って聞いて下さい」
おい、その案内所で、会計の方へ行けって言われたんだよ。
温厚で知られる番長もトサカに来て、声を荒らげちまったぜ。
テメエこの野郎、ダ・レ・ガ責任取るんだオイ、オイ!
何とかしろい!!
女子職員はぶつくさ言いながら、奥の方の部屋へ入っていった。
さらに数分が過ぎる。
帰ってきた職員は手に私の切符を持っていた。
よく見ると何事かきったない字で書かれている。

(中央の余白、ボールペンで手書きされた部分にご注目)
<列車5528とTGV5117の乗車を認めます>
おいおい、こんなので大丈夫なのかよ。
「乗れますよ。ただし、着席の保証はできません」
もういいよ、ちゃんと着くんなら。ていうか、こんなことができるんだったら、面倒くさがらずに最初からさっさと出さんかいコラ。形としては番長のゴネ得みたいになっちまってるが、正規の手続きなんだろ?
しかし、もう発車時刻が迫っていた。グズグズしている暇はない。
かくて、午後2時36分。出発から3時間弱を経て、番長は振り出しに戻っていた。
クレルモン・フェランからリヨンに戻る列車は、必ずヴィシーを通るんだよな。どうせこうなるんだったら、昼飯でも優雅に食ってから、もっとゆっくり出かけてたってのによ。徒労感が募るぜ。
到着した夕暮れのリヨン駅は、やはりバカンスへ向かう人たちなんだろうか、客でごった返していた。
当然ながら、モンペリエへと向かうTGVも完全に満席だ。
ああ、やんぬるかな。
アンタ、知ってるかい?
TGVのデッキには、折りたたみ椅子が付いてるってことを。

ま、座り心地はパイプ椅子と同程度よ。
いや、パイプ椅子より悪いな。標準体型の日本人である番長のケツがようやく半分おさまるくらいのサイズだから。
こいつに2時間も座ってなきゃなんねえのか。
やれやれ、番長、1等車のチケットを買ったんだがなあ。どうしてこういうことになっちまったのかなあ。
いやいや、ポジティブにいかなきゃいけねえ。立っていくよりはマシだ。
なんせこのデッキの折りたたみ椅子も、発車までには満席になっちまったからな。
前から不思議だったんだ。なんで折りたたみ椅子なんてものが付いてるのか。
だって、日本の新幹線と違って、TGVは完全予約制。自由席というのは存在しない。1等車だろうが2等車だろうが、座席の指定がなければ乗れないはずなんだ。
番長みたいに、列車を振り替えられた人間のためなんだろうか。
あるいは、ヴィシーからクレルモン・フェランまでの列車がそうであったように、予約発券のミスで座席がなくなってしまう事態を見越してのことなのか。
どっちにしても、そういう備え付けで折りたたみ椅子を付けておかなきゃいけないくらい、ミスや運休が頻発してるってことなんだろうな。
まあ、何もないよりはいいよ。オノレの身の程を知っておくというのは、そりゃあ大事なことだからな。
なんて思っていたのもつかの間。TGVは専用線へと入り、高速運転を始めたぜ。
時速300キロは出てるんだろうなあ。
日本人としてのひいき目じゃあなく、TGVってのは乗り心地では新幹線に劣る。スピードは出るんだが揺れが激しい。フランス人は平気な顔をしているが、本を読んだりパソコンをやったりすると、酸っぱいものがこみ上げてくるほどだ。
プラス、密閉性が低い。だから、スピードを上げると耳がキーンとなるんだ。新幹線でも、トンネルにはいるとそうなるよな。始終あの状態になっているような感じよ。
フツーの座席に座っていてもそうなんだ。
ましてアンタ、デッキの折りたたみ椅子なんてもんは、大しけの波間にたゆたう小舟みたいなもんよ。
ここでこっそり告白するが、番長は痔持ちなんだ。ああ、タマラネエ。
せめて気を紛らわそうと、ドアの上部にちんまりと開いた窓の外へと目をやるが。TGVの走る専用線沿いってのは、なーんもないんだな。
そりゃそうだ、高速運転をしても大丈夫なように、わざわざ何もないところを選んで線路を通してあるわけだから。
ああ、優雅にマッシフ・セントラルの眺めを楽しむ予定だったんだがなあ。
かといって、立ち上がるわけにもいかねえ。
同じデッキには立ちっぱなしのおばさんと兄ちゃんもいた。座席からケツを上げれば、そいつらが代わりに座ろうとするだろうからな。
立ちたいけど立てない、やるせないこのアンビバレンツ。引き裂かれる番長のココロとケツの谷間。なんでこんなことになっちまったんだろう。

(TGVサマ近影)
そうこうしているうちに、おらがデッキにもついに車掌がやってきた。
もちろん検札のためだ。
番長、びくびくしながらチケットを渡したぜ。あんなネエチャンの手書き、信用ならねえじゃねえか。
ところが車掌は、チケットをちらりと眺めると、何も言わずに鋏を入れて番長の前から去った。あれでホントに何の問題もなかったらしい。
問題は番長とは別のところで起きたぜ。
デッキに立っていた兄ちゃん、切符を見せているんだが、TGV用のものじゃないらしい。
前にも書いたが、TGVに乗るには追加料金が必要だ。
それを支払わずに乗って車内でバレれば、高ーい罰金を支払わなきゃいけねえというルールだ。
ところがこの兄ちゃん、悪びれる様子もない。車掌はしつこく食い下がるんだが、「しょうがないだろ、カネないんだから」の一点張り。
しまいには車掌も根負けして、次の車両へ行ってしまった。
これを読んでる人に誤解のないように言っておくが、SNCFの検札というのは非常に厳しい。
必ず2人1組でやってきて、逃げられないよう挟み撃ちにしながら検札をする。
正規の切符を持っていなければ、理由の如何を問わずに罰金を取られる。
現金を持っていなければクレジットカードで支払わされる。
それすらない場合は、フランス人だったらIDカード(市民証)、外国人だったら滞在許可証もしくはパスポートを書き写され、きっちり請求がまわってくる。
それじゃあ、この兄ちゃんはなぜ大丈夫だったのか?
はっきり当人に確認したわけじゃねえが、ハタで聞いてる感じでは、どうやら生活保護受給者だったみたいなんだな。
フランスにも、もちろん生活保護の制度はある。健康で文化的な最低限度の生活が送れるように、無収入の人にも国がカネを給付するのよ。これをRMI(※)と言い、生活保護受給者はRMIsteと書いて「エレミスト」と呼ばれる。
いや、エレミストだからと言ってTGVの料金を支払わなくていいなんて決まりはねえぜ。
ただ、RMIってのは直訳すると「社会復帰のための最低収入」となる。なんで、「オレはいま社会復帰のために、職を探しのためにこの列車に乗ってるんだ。そんなオレの機会を奪う権利がアンタにあるのか」なんて強く言って、タダ乗りをする輩なんてのも中にはいるんだな。
この兄ちゃんがまさにそうだったようだ。
SNCFがSNCFなら、客も客。それがラ・ヴィ・アン・フラーンスなんだな。
声のデカいヤツが得をする社会ってのは番長、あんまり好きにはなれねえぜ。
なにはともあれ、車掌の検札という一大イベントはあっけなく過ぎた。
TGVは停車駅も少ない。闇の中を行く列車の中で、ひたすら我慢の子を決め込む番長だった。
いや、まいったね。
長い長ーい1日だった。
おかげさまでなんとかモンペリエに着くことはできたが、ケツの方はもうカッチカチよ。
どうだい、子猫ちゃんたちにもSNCFの恐ろしさの一端が伝わったかな。
フランスを旅行するときには、決してタイトな旅程は組んじゃいけないぜ。

(※)RMIには20年の歴史があったんだが、サルコジが去年、廃止しちまった。代わって現在はRSAという制度が導入されているが、基本的なところは同じで、むしろ手厚くなった。RMIだと低賃金の労働よりも無職の方がもらえるカネが多かったという矛盾を解決している。
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