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2010.05.18 (Tue)

コルシカ語が公用語にならないワケ 少数民族を認めないフランス

 まいったね。
 コルシカ語には、まいったね。


 コルシカ語は、フランス語とは明らかに異なる言語だ。
 言語学的には、イタリア語の方言に属するとされているらしい。

 もっとも、何が方言で何が言語かという分け方ってのはすこぶる政治的な話だ。たとえばセルビア語とクロアチア語、これは現在別の言語とされているが、文法にしろ語彙にしろ、ほとんど何の違いもない。ユーゴスラビア紛争以前には、セルボ・クロアート語と言われていた。今でもそう呼ぶ人もいる。というか、セルビア語とクロアチア語を分けてるのなんて、当のセルビア政府とクロアチア政府くらいのもんよ。
 コルシカ語が独立した言語か、あるいは方言なのかなんてのは、どっちでもいいぜ。

 ともかく、フランス語とコルシカ語は違う。
 少なくとも、コルシカの人たちはそう思っている。
 番長、コルシカ語のニュースを聞いてみたんだが、まったく理解できなかった。確かに発音の感じなんかはイタリア語っぽいような気がしたぜ。ま、イタリア語は全然知らねえから、適当な感想だがな。

 コルシカの人々は、このコルシカ語をコルシカの公用語にしようとした。また、義務教育で子どもたちに学ばせたいとフランス政府に求めた。
 ところが、政府は認めなかった。いまでも県や市といった行政機関、議会といった公の場所で公式に使われる言語、公文書などすべてがフランス語だ。小学校や中学校ではコルシカ語の授業があるが、こいつは義務じゃねえ。地域の文化を学ぶ一環として認められてはいるが、保護者が異を唱えた場合には、この授業は受けなくてもいいことになっている。ま、そんな親はいねえようだがな。

 実際には、たとえばテレビの3チャンネル、地域情報を重視するフランス3でコルシカ語によるニュースが流れていたり、看板にコルシカ語が書かれていたりして、ちゃんと流通はしている。
 だが、公用語として認められてはいない。


 そうなのよ。
 フランスって国は、いまだに公用語としてフランス語いっこっきりしか認めてねえんだな。
 こいつはヨーロッパの中では実に例外的なことだ。
 周辺の国を見てみるか。スイスはイタリア語・ドイツ語・フランス語・ロマンシュ語と4つの言語が公用語。ベルギーはオランダ語とフランス語。スペインはカスティーリャ語(いわゆるスペイン語)のほかにバスク語・ガリシア語・カタルーニャ語。イタリアもスロベニア語やドイツ語、フランス語。ドイツもドイツ語のほかにデンマーク語やソルブ語を地域の言語として認めている。さらに、イギリスですらウェールズ語やスコットランド語、アイルランド語を固有の言語として認めている。

 ヨーロッパってのは、どの国も「主な言語」と「辺境の言語」を持っている。デカい国ほどなおさらそうだ。
 フランスももちろん、コルシカ語以外に、ケルト語に属するブルターニュのブルトン語、南仏のオック語、ドイツ語に似たアルザスのアルザス語、スペイン国境近くではバスク語なんてのが存在する。
 だが、いずれも公用語、公式な言語としては認められていない。
 実は2008年、つい最近のことだが、フランスでも「地域語はフランスの遺産だ」とする規定が憲法に加えられた。ただ、これにしたところで、お国言葉もいいもんだよね、と言ってるだけ。公用語として認めるという話にはならなかった。


 なんだってフランスってのは、そうかたくなに地域語を認めないのか。
 フランス語以外の言語を認めてしまうと、その言語を使う集団の存在を認めてしまう。つまり、フランス人の中にある一定のグループ、コミュニティが存在することを認めちまうからだ。

 話はフランス革命にさかのぼる。
 この画期的な市民革命は、旧体制をぶっ壊したところに意義があった。王族、貴族、カトリック教会という古い権威を引きずり降ろし、法の下にすべての市民は平等だと説いたわけだな。
 当初はこの市民の中に女性が数えられなかったりと不完全だったわけだが、時を経てしっかりと確立された。フランスにも階級や貧富の差はもちろんあるが、公的には個人は平等だ。そこに差別はない。
 こいつは人類史上、画期的な考え方だ。21世紀の日本に生きる人間も、その恩恵をありがたく受けているってわけだな。

 ところが、やっぱり元祖だけあるな。このフランスのやり方ってのは徹底してる。
 いまだに中央集権だってのも、根っこはここだ。フランスでは、政府があって、一人一人の市民がいる。それで終わり。政府と個人の間には何も認めない。
 県だの市だのってのは単なる政府の窓口に過ぎない。もし各地方に多様性を認めてしまったら、生まれた地方によって、住んでる地方によって、個人の間に差が生まれちまう。A地方に住んでる個人とB地方に住んでる個人とで受けられる行政サービスが違うなんてことがあれば、それは平等じゃねえ。ってわけだ。
 そういう差をなくすには、中央政府の力を圧倒的に強くするしかねえのよ。
 このリクツで行けば、そりゃコルシカだけコルシカ語を認めるなんてことはできねえわな。

 アンタ、アメリカ合衆国のアファーマティブ・アクションって聞いたことあるかい。あの国では差別を撤廃するために、あらゆるところで人種別の統計をとる。たとえば大学に合格した学生の中に黒人が明らかに少ないってことになった場合、黒人を優先的に入学させる。弁護士って職業に黒人が少ないとなれば、黒人がなりやすいような制度をつくる。映画やテレビみたいな娯楽の世界でもそうだ。登場人物には必ず黒人、ラテン系、アジア系と、人口比率と同じくらいにはキャストを混ぜなきゃならねえ。
 このやり方には批判も多い。実力主義でやるべきだ、真面目な白人やアジア系が逆に割を食ってるじゃねえか、とな。まあ、その考え方の是非はともかく、アメリカは積極的に少数派を見つけ、目に見える形で拾い上げていくやり方だ。
 フランスのやり方は180度逆なのよ。そもそも、人種別の統計なんてものがフランスには存在しねえ。黒人だろうがアジアンだろうがフランス人はフランス人だからだ。

 だから、少数民族なんてのも認めねえ。フランス人はフランス人であって、それ以上でもそれ以下でもないからな。
 コルシカ語を認めねえのも、移民のゲットーをコミュニティとして認めねえのも、イスラム教徒にブルカをかぶらせねえのも、同じ理屈ってわけだ。


 一本筋は通ってると思うぜ。
 だが、もういっぺん考えてみてほしい。
 国策として移民をフランスに呼び込んだのはフランス政府だし、コルシカを武力で併合したのもフランス政府なのよ。
 そうしてくれとは誰も頼んじゃいねえんだ。

 もう一つ、どうも番長には腑に落ちねえ点がある。
 外国に対するときに話が違ってるんじゃねえか、ってことだ。

 たとえば2008年、中国政府がチベットを弾圧したとき、フランス政府は中国を激しく非難した。政府だけじゃねえ。市民レベルでチベット支援の動きが広がり、中国憎しの感情から、北京オリンピックの聖火が妨害されるなんてこともあった。あの時期、フランスに暮らす中国人は言われもない非難を酔っぱらいから浴びたりしていたもんだぜ。
 チベットに限ったことじゃねえ。トルコで迫害されるクルド人、セルビアの下で迫害されていたコソボのアルバニア人と、フランスはいつだって少数民族の味方だった。
 こいつはダブルスタンダードなんじゃねえか? チベットとコルシカと何が違うってんだ?

 あるいは。フランス人は英語が世界の共通語となりつつあることに真っ向から異を唱えている国だ。そのことを、単にフランス語の国際語としての地位を高めたいんじゃない、グローバル化の進むなかで多様な言語を守るためだ、と説明してんのよ。
 だったらオマエ、足元からやったらどうだい、って話じゃねえか。
 んなこったから、どうせ自分のことしか考えてねえだろってんで、他の国からの支持が集まらねえんだよ。


 冒頭でヨーロッパ諸国の例を挙げたとおり、少数民族や少数言語ってのはフランスだけの問題じゃねえ。
 だが、公用語は一つだけ、少数民族の存在を認めないなんて国は、フランスこっきりだ。


 いや、まいったね。
 革命の理念リクツはわかるが、もうちっと、融通を利かせるわけにはいかないもんかねえ。




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